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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)154号 判決

京都市南区東九条南山王町6番地の3

原告

株式会社三幸

代表者代表取締役

山本政幸

訴訟代理人弁護士

松村信夫

和田宏徳

同弁理士

肥田正法

静岡県榛原郡相良町相良256番地の25

被告

株式会社ジャック

代表者代表取締役

星泰雄

訴訟代理人弁理士

木内光春

澤田節子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成9年審判第2465号事件について平成10年4月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、別添審決書写し別紙(1)記載のとおり、「STUSSY」の欧文字を横書きしてなり、第21類「かばん、その他本類に属する商品」(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。)を指定商品とする登録第2577044号商標(平成3年9月11日登録出願、平成5年9月30日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。

被告は、平成9年2月18日、原告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第2465号事件として審理したうえ、平成10年4月3日、「登録第2577044号商標の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同月27日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標が、「STACY」の欧文字を横書きしてなり、第21類「かばん類、袋物、その他本類に属する商品」を指定商品とする登録第1512489号商標(昭和53年4月22日登録出願、昭和57年5月25日設定登録、平成4年8月28日存続期間の更新登録、以下「引用商標」という。なお、その指定商品中「かばん類、袋物」については、その登録を取り消す旨の審決(平成7年審判第22142号)が平成8年6月26目に確定し、「装身具、ボタン類、宝玉およびその模造品」については、その登録を取り消す旨の審決(平成7年審判第22143号)が平成8年6月26目に確定し、それぞれの登録が取り消されている。)と称呼上類似の商標といわなければならず、その指定商品も同一又は類似の商品であることが明らかであるから、本件商標は、商標法4条1項11号(平成3年法律第65号による改正前のもの、以下同じ。)の規定に違反して登録されたものであるから、同法46条の規定により、その登録を無効とすべきものとした。

第3  原告主張の取消事由の要旨

審決が、本件商標の称呼について、「独語が我が国において広く親しまれている語ともいえないものであるから、これに接する取引者、需要者は、我が国において最も普及し、親しまれている英語風の読みといえる「スタッシー」の称呼を持って取引に資する場合が決して少なくないものというのが相当であり」(審決書31頁10~15行)と認定したことは、以下に述べるとおり誤りであり、審決は、これを前提として、本件商標が、引用商標と称呼上類似すると誤って判断しているのであるから、違法として取り消されなければならない。

1  我が国におけるドイツ語の学習は、1860年に遡り、その後も、文化、法律、軍事、医学等の分野においてドイツの影響を受けており、とりわけ憲法、民法、刑法等の日本の主要な法律及び医学については、現在でもドイツ法、ドイツ医学の影響を受けていることが周知の事実である。ドイツ語は、このような歴史的なつながりの中で学習され、その重要性が認識されており、戦後の大学教育において、大多数の大学がドイツ語を第二外国語として位置付けているのは、その証左でもある。したがって、ドイツ語は、日本人にとって英語に次いで親しみのある外国語となっている。

そして、ドイツ語は、その綴りのとおりに発音できるため、綴りと発音との一致度が英語よりも高く、「ローマ字読み」を習熟している日本人にとっては親しみやすく、どちらかといえば日本人向きの言語である。例えば、日本放送協会(NHK)では、戦後間もなく「NHKラジオドイツ語講座」の放送を開始し、現在にいたるまでこの放送は継続され、多くの受講者がこの放送を聞いてドイツ語に親しんでいる。したがって、ドイツ語は、百有余年に渡り日本の歴史とともに普及してきており、現在では、英語とともに日本において相当な程度において普及している言語である。

2  このようにドイツ語の普及が相当程度に至っていることや、国際的にドイツ語情報に接する機会が増大していることを勘案すると、英文字で表現され、ドイツ語特有の変母音を伴わない用語について、英語、ドイツ語、フランス語等のいずれの言語で発音されるかは、指定商品の性質や用途、取引事情等を勘案して決定されることになる。

しかし、ドイツ語特有の変母音を伴う文字で表記された用語については、これと同列に論じることはできない。すなわち、これらの用語について、ドイツ語を理解できる者は、変母音によってこれを「ドイツ語である」と理解し、ドイツ語は理解できないが英語やフランス語を理解できる者は、「英語ではない」、あるいは「フランス語ではない」と理解し、ドイツ語も英語もフランス語も理解できない者は、「判読が困難なもの」と理解することになる。そして、ドイツ語を理解している者は、そのままドイツ語読みするが、「英語やフランス語ではない」と理解した者や「判読が困難」と理解した者は、小学校当時に習ったローマ字を思い出して、「ローマ字読み」をするのが関の山で、英語読みすることはあり得ない。

3  本件商標「STUSSY」では、第三番目の文字にドイツ語特有の「U」(ユーウムラウト。以下、その上部の綴字記号「¨」のみを「ウムラウト」という。)が存在しており、上記のとおり、ドイツ語を理解できる者は、この商標についてはドイツ語として正確に「ステユーシィ」、あるいは「スチューシィ」と発音する。「英語やフランス語ではない」と理解した者や「判読が困難」と理解した者は、英語読みすることはなく、ローマ字読みに「スツーシィ」、あるいは「スツッシィ」と発音することになる。したがって、審決が認定したように、本件商標から、純然たる英語読みである「スタッシー」なる称呼が発生する可能性は、皆無である。

被告の主張のように、英語ではないと認識した者が、その言語をなぜ英語読みするのか、その理由は明らかでない。

4  そして、本件商標から生ずる称呼「ステューシー」と引用商標から生ずる称呼「ステーシー」とを対比してみると、音の片仮名表現においては、第2音において「テュ」と「テ」の相違がみられる。しかし、現実の発音は、これらの後に続く長音「ー」と結合した状態の音、すなわち「テュー」音と「テ」音の相違として現れることになる。この「テュー」音と「テ」音とは、調音方法が異なり、音質及び音感において相違する音となる。

これらの差異が称呼全体に及ぼす影響は大きく、アクセントがそれぞれ第2音の「テュー」と「テー」に位置することも加わって、本件商標と引用商標とをそれぞれ一連に、「ステューシー」、「ステーシー」と称呼した場合には、語韻、語感及び語調の相違に起因して、聴感が著しく異なるため、本件商標から生ずる称呼と引用商標から生ずる称呼とを、聴者は、明瞭に聞き分けることができるのである。このように、本件商標と引用商標との称呼が明瞭に聞き分けられる以上、本件商標は、引用商標に類似する商標には当たらないというべきである。

第4  被告の反論

審決の認定判断は、正当であって、原告主張の取消事由は、理由がない。

1  ドイツ語が、現在、日本においてある程度普及している言語であることは、争わない。

2  変母音を有するドイツ語について、ドイツ語を理解できる者が、これを「ドイツ語である」と理解し、そのままドイツ読みすることは、当然である。

しかし、ドイツ語は理解できないが、英語やフランス語が理解できる者は、このようなドイツ語を「ローマ字読み」をするのではなく、英語読みするのが通常である。なぜなら、ドイツ語を理解できない者は、「ウムラウト」の果たす役割は想像もつかないが、「U」の「ウムラウト」を除けば英語と同じ欧文字を使用していることから、英語を理解できる者であれば、「ウムラウト」の存在を無視して「U」の英語の発音を思い浮かべ、英語式の発音方法を試みることが十分考えられるからである。特許庁のインターネットによる商標情報サービスや他の商標検索システムにおいても、本件商標が「STUSSY」の文字からなる商標として登録されている。

なお、英語も理解できない者は、現在の我が国では、極めて少数であり、本件商標の指定商品の取引者や需要者に英語を理解できない者を想定した議論は、社会の実情を無視した極論にすぎない。

3  本件商標の指定商品の取引者や需要者の多くを占める英語を理解できる者は、中学1年生程度で学習する基本的な英単語である「STUDY」や「SATURDAY」において「TU」部分を「タ」と発音するから、「STUSSY」を「スタッシー」と発音するはずである。

したがって、本件商標から、純然たる英語読みである「スタッシー」の称呼が発生する可能性が皆無であるとする原告の主張は、誤りであり、この点に関する審決の認定(審決書31頁5~19行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  本件商標が、別添審決書写し別紙(1)記載のとおり、「STUSSY」の欧文字を横書きしてなり、引用商標が、「STACY」の欧文字を横書きしてなること、本件商標と引用商標の指定商品が同一又は類似であること、両商標は、ともに一種の造語であって、特定の観念を生じないこと、引用商標から「ステーシー」の称呼が生ずることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  現在の我が国において、ドイツ語がある程度普及した言語であること、それ以上に英語が普及した言語であることは、裁判所にとって顕著な事実であるところ、本件商標及び引用商標の指定商品の性質や用途、取引事情等を勘案すれば、これら指定商品の取引者・需要者についても、ドイツ語がある程度普及しているが、それ以上に英語が普及しているものと認められる。

そうすると、これらの取引者・需要者は、本件商標「STUSSY」のようにドイツ語による変母音を含む語について、それが一種の造語であって特定の意味を有する独単語ではないとしても、ドイツ語風の読みを行う場合があり、その場合には、「ステューシー」あるいは「スチューシィ」の称呼を生ずるものと認められるが、それ以外にも、変母音「U」のウムラウトを除外し、「U」の欧文字として英語風の読みを行う場合があるものと解するのが相当である。その場合には、「STUSSY」の綴りとして、ローマ字風の読みを行い、ドイツ語風の読みと同一の「ステューシー」や「スツッーシー」の称呼が生ずるだけでなく、中学校で学習する程度の基本的な英単語である「STUDY」、「SATURDAY」及び「STUFF」などにおいて、「TU」部分を「タ」又は「タッ」と発音する場合と同様に、「スタシー」又は「スタッシー」の称呼も生ずるものといわなければならない。

原告は、本件商標を英語やフランス語ではないと理解した者や判読が困難と理解した者が、小学校当時に習ったローマ字を思い出して、本件商標を「ローマ字読み」をするのが関の山で、英語読みすることはあり得ないと主張するが、前記のとおり、本件商標及び引用商標の指定商品の取引者・需要者については、英語がドイツ語以上に普及していることが明らかであるから、英語にはないウムラウトを除外して一般的な「U」の欧文字として理解し、それに則した英語風の読みを試みることは、極めて自然なことといわなければならない。したがって、原告の主張は、採用することはできない。

他方、引用商標「STACY」は、前記のとおり、一種の造語であって特定の意味を有する英単語ではないが、その指定商品の取引者・需要者は、通常の英語風の読みを行い、「スタシー」又は「ステーシー」若しくは「ステイシー」の称呼も生ずるものと認められる。

そうすると、本件商標から「スタシー」の称呼を生ずる場合には、引用商標から生ずる称呼と同一となるし、本件商標から「スタッシー」の称呼が生ずる場合であっても、この称呼と、引用商標から生ずる「スタシー」の称呼とは、語頭の「ス」の音と語尾の「シー」を共通にし、中間の音である「タッ」と「タ」において、促音「ッ」の有無の点で相違するにすぎないから、両商標を一連に称呼する場合には、極めて類似した語調語感が生ずるものと認められ、両商標は、称呼上類似したものといえる。

以上の認定事実に加えて、前記のとおり、本件商標と引用商標とが、ともに一種の造語であって特定の観念を生じないこと、本件商標が「ST・・・Y」の6個の大文字活字体による欧文字を横書きしてなる一方、引用商標も「ST・・Y」の5個の大文字活字体による欧文字を横書きしてなり、その構成及び文字数において、外観上も相当程度類似することなどを考え併せると、両商標は、類似したものであることが明らかである。

また、本件商標と引用商標の指定商品が同一又は類似であることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。

3  したがって、審決が、「本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものであるから、同法第46条の規定に基づき、その登録を無効とすべきである。」(審決書33頁14~16行)と判断したことは、正当であり、他に審決を取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成9年審判第2465号

審決

静岡県榛原郡相良町相良256番地の25

請求人 株式会社 ジャック

東京都港区赤坂1-1-17 細川ビル404 木内特許事務所

代理人弁理士 木内光春

京都府京都市南区東九条南山王町6番地の3

被請求人 株式会社 三幸

京都府京都市中京区丸太町通烏丸東入光り堂町420番地 KS京都インペリアルビル 肥田特許商標事務所

代理人弁理士 肥田正法

上記当事者間の登録第2577044号商標の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第2577044号商標の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

1.本件登録第2577044号商標(以下、「本件商標」という。)は、別紙(1)に表示したとおりの構成よりなり、平成3年9月11日登録出願、第21類「かばん、その他本類に属する商品」を指定商品として、同5年9月30日に設定登録されたものである。

2.請求人が、本件商標の無効の理由に引用する登録第2325751号商標(以下、「引用A商標」という。)は、別紙(2)に表示したとおりの構成よりなり、昭和63年4月20日登録出願、第21類「装身具、その他本類に属する商品」を指定商品として、平成3年8月30日に設定登録がなされたものである。同じく、登録第1512489号商標(以下、「引用B商標」という。)は、「STACY」の欧文字を横書きしてなり、昭和53年4月22日登録出願、第21類「かばん類、袋物、その他本類に属する商品」を指定商品として、同57年5月25日に設定登録され、その後、平成4年8月28日に商標権存続期間の更新登録がされたものであるが、さらにその後、その指定商品中「かばん類、袋物」については、その登録を取り消す旨の審決(平成7年審判第22142号)が平成8年6月26日に確定し、「装身具、ボタン類、宝玉およびその模造品」については、その登録をを取り消す旨の審決(平成7年審判第22143号)が平成8年6月26日に確定し、それぞれの登録が取り消されているものである。

3.請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由及び答弁に対する弁駁を概略次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至甲40第号証(枝番を含む。)を提出している。

(1)本件商標は、商標法第4条第1項第10号、同第11号、同第15号及び同第19号に該当し、同法第46条第1項第1号により無効にすべきものである。

〈1〉商標法第4条第1項第11号違反。

最初に外観の点から本件商標と引用A商標を比較した場合、本件商標は、「STUSSY」の6文字が横1列に配置されたものであり、他方、引用A商標は、「STUSSY」の6文字からなるサインが筆記体で横1列に配置されたものであるから、本件商標と引用A商標とは、書体が異なるという外観上の相違点が認められる。

ところで、商標審査基準に照らしてみると、引用A商標の商標権者である請求人が、実際の取引の場において活字体の「STUSSY」を使用した場合も登録商標の使用と認められることになる。

また請求人は実際に甲第5号証、甲第7号証、甲第8号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第16号証及び甲第17号証の雑誌掲載広告やイベントパンフレットに示すように、筆記体と活字体を同時に使用している。しかも後述するように筆記体の商標は、米国人デザイナー、ショーン・ステューシー氏のサインとして周知されていることを考え合わせると、筆記体の引用A商標と活字体の本件商標は実質的に同一の商標と認められる。

つぎに、観念の点から両者を比較した場合、いずれも欧米人の一般的姓として広く知られた固有名詞「ステューシー」としての観念を生じる。すなわち本件商標の登録出願時以前から甲第5号証乃至甲第17号証の示すとおり、米国人デザイナー、ショーン・ステューシー氏の活躍ぶりや、商品がしばしば若者向け、サーファー向けの雑誌等に掲載されていることから、日本においては「STUSSY」ブランド商品がサーファーやスケーターを中心に絶大な人気を博していたことは明白な事実である。このような事実を鑑みると、当時の取引者、需要者間では書体にかかわらず「STUSSY」の文字構成からは「ステューシー氏」や「ステューシー氏のデザインしたもの」の観念を生じていたといえるから、両商標は観念上も同一であるといえる。

最後に称呼の点から両者を比較した場合、前述のようにいずれの商標も欧米人の姓である「ステューシー」の観念を生じることから「ステューシー」と発音されるから、両商標は称呼上も同一であるといえる。

以上のとおり、本件商標と引用A商標は、外観、観念及び称呼ともに同一であり、したがってこれらは同一の商標であり、また、指定商品について言及すると、本件・引用両商標の指定商品は第21類に含まれる全ての商品である。

また、引用B商標は、5文字の欧文字を横一列に配置してなる商標であり、特定の観念を生じない造語である。造語の称呼の決定にあたっては、わが国の英語の普及度に鑑みれば、英語読み風の発音にしたがって、「ステーシー」の称呼を生じるものとするのが相当である。この「ステーシー」という称呼は「STAGE」、「STATION」、「STATUS」等今日では日本語化された英単語における「STA」の部分の発音例からも容易に導かれる。一方、本件商標は、欧米人の姓である「ステューシー」の観念を生じることから、称呼も「ステューシー」となることは前述のとおりである。

ここで「ステーシー」と「ステューシー」を比較すると、どちらも5音節からなり、一音節目及び三音節目乃至五音節目はいずれも共通している。相違点は、2音節目の「テ」と拗音「テュ」において、「ュ」を伴うか否かの徴差にすぎない。その結果両者をそれぞれ一連に発音したときには、極めて近似した語調、語感に聞こえ、相紛れるものである。

また、指定商品について言及すると、本件・引用両商標の指定商品はそれぞれ前記したとおり全く同一である。

以上に述べたように本件商標は、引用B商標と類似の商標であって、同一の指定商品について使用するものである。

〈2〉商標法第4条1項第15号違反。

請求人は、前述のショーン・ステューシー氏との間に、日本における総輸入販売元としての契約を締結し、昭和58年頃より「STUSSY」を衣類をはじめとする自社の商品に使用するとともに、昭和59年には甲第23号証乃至甲第25号証に示すとおり当該商標に関する商標権の取得手続きを開始した。さらにその後も「STUSSY」ブランドの商標権の取得、販売の拡大等に鋭意努力を続け現在に至っている。

特に請求人は「STUSSY」ブランドの広告宣伝活動に重点を置いたため、引用A商標は甲第5号証乃至甲第17号証に示すとおり、昭和58年よりティーシャツ、トレーナー、帽子等「STUSSY」ブランドの衣服は、若者向けの雑誌に幾度も掲載されていた。しかも雑誌掲載時には、請求人が「STUSSY」ブランドの日本総輸入販売元である旨並びに東京、静岡、大阪、九州にある同社の関連会社が、同社の商品を扱っている旨の明記を徹底していた。したがって少なくとも本件商標の登録出願時から登録査定時には、「STUSSY」が請求人の業務に関わる商品を表示するものとして、取引は言うまでもなく、若者やマリンスポーツ愛好家を中心とする消費者間にまで広く知られ、周知著名となっていた。

そして「かばん類、袋物、装身具」は「衣類」とコーディネートされることが少なくないことから、購買層及び販売店を同一とすることが多く、この点において衣類と本件商標の指定商品は密接な関係を有しているとみられるものである。

したがって、本件商標が「かばん類、装身具」に使用されときには、当該商品が請求人やその関連会社の業務に関わる商品であるかの如く、その出所について混同を生ずるおそれがあると判断すべきである。

〈3〉以上〈1〉及び〈2〉に述べたとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同第15号に違反して登録されたものであり、同法第46条第1項第1号により無効にすべきものである。

(2)本件商標の無効事由として、さらに商標法第4条第1項第10号及び同第19号を追加する。

〈1〉商標法第4条第1項第10号違反。

甲第26号証及び甲第27号証に示すとおり、ステューシー社が作成した1990年(平成2年)秋物並びに1991年(平成3年)春物の商品カタログの中に、「STUSSY」の活字体及び筆記体がデザインされたバックが掲載されている。なお、このカタログはステューシー社から商品を仕入れる際の参照用として、世界各国の販売店向けに配布されたものである。

したがって、このカタログの配布によって日本の取引者の間でも「STUSSY」ブランドの商品群に新たにバッグが加わった事実が認識され、さらにこのバッグの販売により、既に衣類に使用される商標として周知著名性を有していた「STUSSY」の筆記体並びに活字体が鞄類にも使用されることが、本件商標の登録出願時には需要者に広く認識されていたといえる。

また、請求人は前記のカタログに掲載されたバッグの発売当時から現在に至るまで継続してバッグを販売しているので、本件商標の登録査定時においても「STUSSY」の筆記体並びに活字体は鞄類に使用される商標として需要者の間で周知著名になっていたといえる。

〈2〉商標法第4条第1項第19号違反。

被請求人は、平成8年1月、請求人の連絡先を自ら探した上で、自己が本件商標及び登録2577045号商標について商標登録を受けた正当の権利者であることを主張し、これらの商標を付した鞄類を製造するので購入して欲しい旨を申し入れてきた。その際被請求人から送付されてきた書類を甲第28号証として提出する。被請求人からの上記の申し入れに対して、請求人は甲第29号証に示す書簡により商品の購入は受諾できないが、譲渡交渉に応じる構えはあると返答した。

そこで被請求人は、甲第30号証に示す書簡により本件商標を三年間使用することを請求人に認めてもらうことを条件に、本件商標及び登録2577045号商標を譲渡しても構わない旨を伝えてきたが、請求人は再度、被請求人の申し入れを受諾することはできないと伝え、ここで交渉は一時中断された。

請求人は取引先からの照会により、既に請求人以外の者により甲第31号証の1及び甲第31号証の2に示す商標を付した鞄の販売案内が、国内の販売店向けに配布されている事実を知らさた。そして調査の結果、この販売案内は被請求人の取引先である株式会社エクスプレスにより作成され、当該商品の製造元は被請求人であることが判明した。

そこで請求人は、被請求人に対して甲第32号証に示す書簡を送付して鞄の製造販売を中止するよう求めたところ、被請求人は甲第33号証に示す書簡をもって、解決金として1500万円を支払うことを条件に商品の製造販売を中止し、商標権を譲渡すると申し入れてきた。

さらに請求人が甲第34号証に示す書簡をもって前記申し入れに対し拒絶の意思を伝えると、甲第35号証のメモに記載されたように被請求人は解決金を900万円に引き下げ、この申し入れを受諾しない限り、鞄の販売を即時に開始する旨申し入れてきた。請求人は、甲第35号証に示すとおり、この申し入れに対しても拒絶の旨を伝え、また甲第36号証に示すとおり被請求人による「STUSSY」並びに「STUSSY」の文字からなる標章の使用差止仮処分命令を京都地裁に申し立てた。

被請求人は、本件商標の登録出願前既に周知著名となっていた「STUSSY」の名声にフリーライドする目的をもって本件商標の登録出願を行ったと疑わざるを得ない。

すなわち、「STUSSY」という単語は、日本人にとってなじみの少ない欧米人の姓としか認められず、他のいかなる意味も持たず、通常人が容易に思い浮かべることができる語ではないので、被請求人が独自に創作したものであるとはとうてい考えられない。

しかも請求人の使用する引用A商標は、ステューシー氏自身の署名に由来する筆記体であり、その筆致や文字の崩し方等に非常に特徴があるものなので、同じ形態の商標を他人が独自に創作する可能性はほとんど無い。それにもかかわらず、被請求人は本件商標と同日に引用A商標と同一の筆記体を登録出願している。

この事実に鑑みれば、被請求人は、ステューシー氏自身の署名に由来する特徴ある筆記体商標を模倣・盗用し、さらにそれを活字体で表記した本件商標の登録出願をも画策したものと考えざるを得ない。

以上のとおり、登録出願当時、被請求人には既に周知著名であった「STUSSY」の名声にフリーライドする意思があったことは明白である。

本件商標登録後、甲第28号証に示すように被請求人の方から請求人に対し、自社で製造するバッグに「STUSSY」の商標を付すので購入してほしいと求めてきたという事実からは、被請求人においては、請求人が「STUSSY」ブランドの日本総代理店であり、長年にわたり「STUSSY」の筆記体及び活字体を日本国内に於いて使用しているため、被請求人が「STUSSY」の商標を付した商品を販売することが不正競争行為に該当することを認識していたか、少なくとも請求人の権利を侵害するおそれがあることを危惧していたことを裏付けるものである。一方、甲第31号証の1の株式会社エクスプレスが作成した販売店向けちらしに記載された「US.STUSSYとはまったく別の権利による商品である。」という表示からも、特許庁が過誤により商標登録をしたことを奇貨として、あたかも自己が適法に当該商標を使用できるかのように装って自己の製品を販売しようとする意志がうかがえる。さらに、甲第33号証に示すように、被請求人は請求人との間の交渉の過程で、解決金との名目の下に1500万円という高額で本件商標を買い取るように要求している。

このような被請求人の登録出願時から今日までの一連の行為から判断すると、本件登録出願は特許庁が「不正の目的」の具体例として挙げている「外国で周知な他人の商標と同一または類似の商標が我が国で登録されていないことを奇貨として、高額で買い取らせるために先取り的に出願したもの」に該当する。したがって本件商標は被請求人により「不正の目的」をもって出願され、この「不正の目的」は登録出願時のみならず登録査定時においても存在していたものと認められる。

以上のように被請求人による本件商標の登録出願は、他人の著名商標と同一の商標を付すことにより、自らの商品の信用及び顧客吸引力を著しく高めることをねらいとした著名商標の名声へのフリーライドという不正の目的によりなされたものである。

(3)被請求人は、引用A商標は、特定の称呼、観念が生じない図案化された線図形であると認識し把握されると言うべきであると反論し、上記の主張を裏付ける根拠として、昭和54年審判第13646号審決、昭和61年審判第2156号審決及び昭和59年審判第21844号審決を乙第1号証の1乃至3として提出しているが、上記の審決をもって、引用A商標が特定の称呼、観念を生じない図案化された線図形であることの根拠とすることはできない。前述のように、文字を独立して読みとれないサイン風文字であると認定された審決が存在する一方で、昭和54年審判第6452号審決、平成2年審判第18446号審決及び平成4年審判第19425号審決においては、多少図形化されていても、通常の注意力をもってすればいかなる文字を表示したものであるかを認識できる筆記体文字によって構成された商標であると認定されている(甲第37号証の1乃至3)。

そして、引用A商標は、各文字がいかなる文字を表示したものであるかを認識できない程度に装飾部分が付加されていたり、極端に崩されていたり、極めて個性的な筆法をもって表されていたりせず、また著しく図案化されているとも言えないので、いかなる英文字をサイン風に表したものであるかを直ちに理解することが可能である。このことは、甲第38号証により立証される。

また、我が国の語学教育の状況を考慮した場合、独語を習得する者はごく一部であり、独語の知識が無い者が「U」の発音がどのようなものであるかを知っているはずはない。したがって、指定商品の需要者である10代から20代前半の若者の多くが「U」の発音は英語式の「U」の発音と変わらないと考えるのが自然であり、「スタ(ツ)シー」という称呼は発生しないと断定することは誤りである。

さらに、「テュー」と「テー」は中間音の違いであり、しかも拗音と直音の差という微妙な差異にすぎないため、本件商標と引用B商標は称呼上紛らわしいといわざるを得ない。

さらにまた、請求人が「STUSSY」ブランドと称しているものは、引用A商標を含む「STUSSY」の文字構成からなる筆記体並びに活字体、片仮名「ステューシー」、及びこれらの文字と図形との組み合わせからなるもの全てを含んでいる。そして、甲第5号証乃至甲第11号証の表示する内容から引用A商標を含む「STUSSY」の文字構成からなる筆記体並びに活字体、片仮名「ステューシー」のいずれの形態においても本件商標の登録出願日以前から周知著名であったことは明白である。

なぜなら、1983年から1984年当時は、若者を中心に第二次サーフィンブームの時期であり、「サーフマガジン」、「サーフィンライフ」、「サーフィンワールド」の3誌が広くサーファーの間で購読されていた。このような状況であったため、請求人はサーファーに対して、サーフボードを中核とする商品を販売すべく、1983年10月20日及び1984年8月20日発行の「サーフマガジン」(甲第5号証及び甲第7号証)並びに1984年4月1日発行の「サーフィンライフ」にステューシー商品の広告を掲載した。なお、1984年4月1日発行の「サーフィンライフ」には6頁からなるステューシー氏の特集記事も掲載されているが(甲第6号証)、この記事は発行者側からの要請を受けて掲載されたものであり、このような事実はステューシー氏及びステューシー商品がサーファーの間でこの当時すでに周知となっていたことを意味するものである。さらに上記のサーフィンブームを受けて、1990年から1991年頃にはサーフィン関係のブランドが若者に広く愛用されるようになり、請求人はこれに応じてステューシー商品の販路を拡大するために「ファイン」及び「リディム」に記事を掲載した(甲第8号証乃至第12号証)。なお、「ファイン」及び「リディム」はいずれも10代から20代にかけての若者を購読者とするストリートウェア情報及び音楽情報等に関する雑誌である。そして「ファイン」については書店やコンビニエンスストアにより、「リディム」についてはレコード店及びカジュアルウェア店等によりそれぞれ配布されている。なお、請求人の調査によると各掲載雑誌の発行部数は、甲第8号証の「ファイン」1989年6月号は15万部、甲第9号証の「リディム」1991年2月号は3万5000部、甲第10号証の「ファイン」1991年2月号は17万部、甲第11号証の「ファイン」1991年3月号は18万部、甲第12号証の「リディム」1991年9月号は3万5000部となっている。これらの掲載雑誌の発行部数からも「STUSSY」の文字構成からなる筆記体並びに活字体、片仮名「ステューシー」のいずれの形態においても、少なくとも同雑誌の購読者の中核である10代及び20代のストリート系ファッション等に興味を有する若者の間で周知となったことは明白である。

4.被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めると答弁し、その理由を概略次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至乙第7号証(枝番を含む。)を提出している。

(1)請求人は、本件商標が、引用A商標及び引用B商標に類似するため商標法第4条第1項第11号に該当し、また引用A商標が本件商標の登録出願時から登録査定時の間に請求人の商品を表示するものとして取引者需要者間で周知著名な商標となっていたから同条同項第15号に該当するため、本件商標登録は無効にすべきものと主張しているが、請求人の主張はいずれも失当であり、本件商標の登録を無効とする合理的理由はないと言わざるを得ない。

(2)商標法第4条第1項第11号を適用できない理由。

〈1〉請求人は、別紙(2)に示した引用A商標の形態を「STUSSYS」の文字からなるサインが筆記体で横1列に配置されたものとしているが、一般に筆記体文字は、文字を手書きして意思や記録を伝達する際に使用される文字であって、筆記された文字自体が独立して読み取られることを前提として使用されるものである。

しかしながら、引用A商標は、極めて特異な曲線を組み合わせた個性的な表現手法によって表されたものであり、如何なる文字をサイン風に表したものであるのかを直ちに理解することは困難である。したがって、引用A商標は筆記体文字によって構成された商標であるとすることはできず、特定の称呼、観念が生じない図案化された線図形であると認識し把握されると言うべきである。

文字を独立して読み取れないサイン風文字に対する上記の考え方は、昭和54年審判第13646号審決、昭和61年審判第2156号審決及び昭和59年審判第21844号審決において踏襲されており、被請求人は、これらの審決の写を乙第1号証の1乃至3として提出する。

このように、引用A商標が筆記体文字からなる商標であると認められない以上、筆記体文字からなる商標であることを前提とする請求人の主張は成り立たない。

〈2〉請求人は、商標審査基準においては筆記体の商標の使用が活字体の商標の使用と認めているため、引用A商標と本件商標とが実質的に同一の商標と認められるとしているが、この基準は商標権の更新登録出願における登録商標の使用についての審査基準であって、商標の類否を判断する基準ではない。

商標の類否の判断基準と更新登録出願における登録商標の使用認定の基準とは、商標法上視点の異なる問題である。同じ文字から構成された書体の異なる商標は、同一商標とは認定されずに互いに類似する商標と判断されており、商標法第4条第1項第11号の審査における商標の類否の審査においては請求人主張のような取扱はなされていない。

〈3〉請求人は、引用A商標が米国人デザイナー、ショーン・ステューシー氏のサインとして周知されていると主張しているので、以下に請求人が指摘している甲第5号証、甲第7号証、甲第8号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第16号証及び甲第17号証について検討する。

甲第5号証、甲第12号証及び甲第13号証は、何についての広告なのかが不明であり、ショーン・ステューシーなる氏名はどこにも記載されていない。したがって、中央に示されたサイン風の線図形が氏のサインであるとは理解することができない。

また、甲第7号証には、右下の二重丸の中心部分にサイン風の線図形が示されているが、この図形はデザイナー表示なのか、ウエァーに関する商標なのかは不明である。またショーン・ステューシーなる氏名はどこにも記載されておらず、サイン風の線図形が氏のサインであるか否かも不明である。

さらに、甲第8号証にはショーン・ステューシー氏をデザイナーとして紹介した対談記事が掲載されている。しかしながら、ステューシーの綴りは「STUSSY」であることが明記されているものの、サイン風の線図形はどこにも掲載されてはいない。

さらにまた、甲第17号証はチラシであるが、単なる会合の案内と思われ、ここにはショーン・ステューシーなる氏名はどこにも記載されていないし、サイン風の線図形が氏のサインであるか否かも不明である。

このように、上記甲各号証からは引用A商標が米国人デザイナー、ショーン・ステューシー氏のサインであると把握することはできないし、引用A商標が氏のサインとして周知されていたと認めることもできないのである。

また、引用A商標は、第21類の商品を指定した登録商標であるが、上記甲各号証には第21類に区分される商品に引用A商標が商標として使用された事実を見出すこともできない。

〈4〉この判断時期については、同条第3項に規定されていないから登録査定時が基準となるとする通説と、規定の性質上登録出願時が基準となるとする説(乙第2号証参照)とに別れている。前者の通説に従うとしても甲第16号証は、本件商標の登録査定日より後に発行されたものであり、請求人の主張を裏付けるための証拠としては採用することはできない。

〈5〉請求人は、引用A商標を使用した商品を「STUSSY」ブランド商品と称しているが、引用A商標は、第21類の商品を指定して登録された登録商標であるため主張内容に齟齬が生じている。商標としての類似・非類似は別として、請求人のいう「STUSSY」ブランド商品とは「引用A商標のようなサイン風の線図形商標を使用した商品」を意図しているのではないかと推測されるので、以下ではこのようなサイン風の線図形を商標として使用した商品を単にブランド商品と称して答弁をする。

請求人は、ブランド商品がサーファーやスケーターを中心に人気を博していたと主張し甲第5号証乃至甲第17号証を提出しているが、前記において検討した甲第5号証、甲第12号証、甲第13号証及び甲第17号証の他、甲第9号証についても何に関する広告なのかが不明である。また、甲第6号証はサーフボードの切削加工デザイナーとしてのショーン・ステューシー氏の紹介記事にすぎず、具体的な商品との関係についての説明はなく、いわんやブランド商品や本件商標を使用した商品については具体的な記載は一切見られない。

甲第10号証、甲第14号証及び甲第15号証では、文中において一部の被服を片仮名ステューシーなる名称で紹介した写真が掲載されているが、この名称が商品名なのか、デザイナー表示なのかについては明らかではない。さらに、織ネームやタッグについては明らかにされていないため商標の使用態様が明らかではなく、ブランド商品であると認めることもできない。

甲第11号証ではキャップの前部にサイン風の線図形を表現しているが、これはティーシャツの胸部は背部に大きく表現された模様と同様に、あくまでもキャップに付された模様であって商標とは言えない。

甲各号証においては、前記したサイン風の線図形を商標として使用したブランド商品は何一つ掲載されていないし、甲第10号証、甲第14号証及び甲第15号証に片仮名ステューシーなる名称が商品との関係において使用されているとしても、ここにおける商品はいずれも被服であって、本件商標の指定商品である第21類に属する商品とは非類似の商品である。

このように見てくると、甲号証では、商標「サイン風の線図形」、活字体「STUSSY」及び「STUSSY」並びに片仮名「ステューシー」と、デザイナー表示、メーカーブランド、輪入販売業者ブランド並びに商品との関係が全く特定されておらず、しかも商標としての使用態様も明らかにするととはできない。

〈6〉甲第20号証乃至甲第22号証から明らかなように、請求人は英文字「STUSSY」からなる商標を第21類の全商品を指定して登録出願(商願平3-58976)している。この商標の登録出願時には、すでに引用A商標は出願公告に付されていたが、請求人は甲第20号証の出願を引用A商標との連合商標登録出願とすることなく、独立した登録出願としている。このことは、引用A商標と英文字「STUSSY」とが非類似の商標、すなわち引用A商標から「ステューシー」なる称呼が発生せず、しかもショーン・ステューシーなる人物も観念されないとの認識に基づいて登録出願がなされているのである。

また請求人は、第22類、第23類及び第27類においても線図の表現態様が異なるもののサイン風の線図形と英文字「STUSSY」とを登録出願し、商標登録を受けているが、いずれの類においても両商標は非類似の独立の商標として商標登録されている(乙第3号証乃至乙第5号証)。

なお、引用A商標から「ステューシー」なる称呼が発生し、これがショーン・ステューシーなる人物を観念する程周知な商標であったのであれば、請求人は、引用A商標は勿論のこと、甲第20号証や乙第3号証乃至乙第5号証の各登録出願を請求人目身の名義でなしえなかったはずであるし、商標登録もなされなかったはずである。

〈7〉本件商標登録の無効の理由として請求人が掲げている引用A及びB商標は、第21類における登録商標であって、引用B商標は引用A商標に対する先願先登録の商標として位置付けられる。

請求人の主張するように、引用A商標から「ステューシー」なる称呼が発生し、引用B商標から生じる「ステーシー」なる称呼とが紛らわしいとするのであれば、引用A商標は登録されなかったはずであろう。請求人の主張にこそ一貫性を認めることはできない。

ちなみに、第17類においても、甲第23号証及び甲第24号証に示される請求人とショーン・ステューシー氏との共有に係る登録商標と、これと同様のサイン風の線図形商標であるスタッシー・インコーポレイテッド所有の登録第2243083号商標(乙第6号証)が併存しており、いずれも登録第1049899号商標(乙第7号証)が存在しているにもかかわらず別個の権利として存在していることに注目すべきである。

〈8〉以上の点を総合すると、引用A商標は、図案化された線図形の商標であること、引用A商標はショーン・ステューシー氏のサインであるか否かが明らかではないこと、この商標を使用した第21類に属する商品は本件商標の登録査定日には販売されていなかったこと、この商標を使用した商品は「STUSSY」ブランド商品としては著名性を確立していなかったこと、出願人目身も引用A商標のようなサイン風線図形商標が英文字「STUSSY」とは類似しないことを認識していたことは明白である。

したがって、引用A商標から「ステューシー」なる称呼、観念が発生することを認める合理的理由はなく、本件商標は引用A商標に類似する商標には当たらないと言うべきであって、本件商標に商標法第4条第1項第11号を適用してこれを拒絶することはできない。

〈9〉引用B商標からは、請求人の指摘する「ステーシー」なる称呼の他に、「STA」部分は、STAMP、STAR及びSTART等の発音例からも明らかなように「スタ」とも発音されるため、「スタシー」なる称呼も発生することになる。他方、甲第20号証の商標「STUSSY」は、請求人の主張するように「ステューシー」なる称呼が生ずる他、「STU」の部分はSTUD、STUDY及びSTUFFなどの発音例からも明らかなように「スタ」とも発音されるため、甲第20号証の商標からは「スタシー」あるいは「スタッシー」なる称呼も生じることになる。そうすると、引用B商標からも甲第20号証の商標からも「スタシー」なる同一の称呼が発生するため、両商標は互いに類似することになろう。称呼「スタシー」と「スタッシー」とを対比してみても両者は紛らわしい称呼となることに変わりはない。

〈10〉本件商標は、第三文字目が「U」ウムラウトによって表現されているため、「ステューシー」或いは「スチューシー」なる称呼が生ずるものの、「STUSSY」とは異なって「スタ(ッ)シー」なる称呼は発生しない。

本件商標から生ずる称呼「ステューシー」と引用B商標から生ずる称呼「ステーシー」とを対比してみると、音の片仮名表現においては第2音において「テュ」と「テ」の相違がみられ、文字ずらからは請求人の主張するように「ュ」音の有無において相違している。しかし現実の発音は、これらの後に続く長音「ー」と結合した状態の音、即ち「テュー」音と「テ」音の相違として現れることになる。

そこで「テュー」音と「テー」音の相違について検討をしてみると、本件商標の「テュ」音は、舌尖と上前歯との間で形成される隙間で発せられる無声破擦音の子音「t∫」と前舌面を硬口蓋に近づけて発せられる挟母音「u」とを結合させた音節であって、後に続く長音「ー」と一体的に「t∫u:」と発音きれ、やや口に籠もったように聴取される音となる。

他方引用B商標の「テ」音は、舌尖を歯茎に接して発っせられる無声の破裂音「t」に前舌面を平らにしてやや引っ込め口を半開き状態にして発せられる「e」とを結合させた音節であり、後に続く長音「ー」と一体的に「te:」と発音され、開放的な清音として聴取される音となる。したがって、「テュー」音と「テー」音とは調音方法が異なり音質及び音感において相違する音となる。

これらの差異が称呼全体に及ぼす影響は大きく、アクセントがそれぞれ第2音の「テュー」と「テー」に位置することも相俟ち、本件商標と引用B商標とをそれぞれ一連に「ステューシー」、「ステーシー」と称呼した場合には、語韻、語感及び語調の相違に起因して聴感が著しく異なるため、本件商標から生ずる称呼と引用B商標から生ずる称呼とを聴者は明瞭に聞き分けることができるのである。

〈11〉このように、本件商標と引用B商標との称呼が明瞭に聞き分けられるため、本件商標は引用B商標に類似する商標には当たらないと言うべきであって、本件商標に商標法第4条第1項第11号を適用し、これを拒絶することもできない。

(3)商標法第4条第1項第15号を適用できない理由。

〈1〉甲各号証を精査してみても請求人が商標「STUSSY」を使用したと認められる事実を発見することはできない。

請求人の本号に関する主張における「STUSSY」ブランドとは、「サイン風の線図形」、活字体「STUSSY」及び「STUSSY」並びに片仮名「ステューシー」のうち、いずれの商標を意味しているのかが不明であり、請求人が周知著名であると主張する商標が特定されていない。

〈2〉請求人の言うブランドとは、ブランド商品に使用されている「サイン風の線図形」の商標であると推測される。

そして請求人は、ショーン・ステューシー氏との間で日本におけるブランド商品の総輸人販売元としての契約をしたと主張しているものの、請求人のどのような商標を使用したどのような商品を、どのような立場で販売するのかについては証明をしておらず、請求人の主張を理解することはできない。

また請求人は自ら商品を製造し販売しているのではなく、ショーン・ステューシー氏の製造にかかる商品を単に輸入をしているだけのようである。この商標が米国人デザイナー、ショーン・ステューシー氏のサインとして周知されていたと主張している。

そうすると、ブランド商品における商標が、デザイナー表示、メーカーブランド、輸入販売業者ブランドのいずれについて周知著名であると請求人が主張しているのかについても明らかではない。

〈3〉請求人は、甲第5号証乃至甲第17号証を提出して本件商標の登録出願時から登録査定時には「STUSSY」が請求人の業務に係る商品を表示するものとして取引者消費者に広く知られ、周知著名になっていた、と主張しているが、商標法第4条第3項では「第1項…第15号…に該当する商標であっても、商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない。」と規定しており、本号の規定が本件商標の登録出願時を基準にして適用されることが明記されている。換言すれば本件商標の登録出願時において、本件商標が他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれのない場合には、本号を適用することはできないのである。

請求人の主張は、デザイナー表示、メーカーブランド、輸入販売業者ブランドのいずれにせよ、前記ブランド商品における商標が本件商標の登録出願前にはいまだ他人の業務に係る商品又は役務と混同を生じさせる程周知著名とはなっていなかったことを、請求人自ら認めたものと言わざるを得ない。

〈4〉前記した〈1〉乃至〈3〉を前提に請求人の提出に係る各甲号証を検討してみると、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証及び甲第16号証は、いずれも本件商標の登録出願の日より後に発行された資料であるため、本号の適用に際しては証拠として採用することはできない。

そこで甲第5号証乃至甲第12号証について検討をしてみると、前記で説明したように、つぎの事実が明らかとなる。

甲第5号証、甲第9号証及び甲第12号証は、何についての広告なのか不明であって、商品との関係が明らかではなく、甲第6号証及び甲第8号証は、サーフボードの切削加工デザイナーの紹介記事であり具体的な商品商標については何も記載されていない。なお、ステューシー氏の綴りは「STUSSY」となっている。また、甲第7号証の右下の二重丸の中心部分にサイン風の線図形が示されているが、商品との関係が明らかではなく、図形がデザイナー表示なのかウエアーに関する商標なのかは不明であり、甲第10号証では、文中において一部の被服を片仮名「ステューシー」なる名称で紹介しているが、織ネームやタッグについては明らかにされていないため商標の使用態様が明らかではなくサイン風の線図形商標が使用されている事実は確認できない。

甲第11号証は、キャップの前部にサイン風の線図形を表現しているが、これはティーシャツの胸部は背部に大きく表現された模様と同様に、あくまでもキャップに付された模様であって商標とは言えない。

甲第17号証はチラシであるが、単なる会合の案内と思われ、商品との関係についてはなにも記載されていない。

以上のように、請求人の主張にかかるサイン風の線図形商標が商品との関係において読み取れる余地があるのは甲第7号証だけである。また甲第10号証及び甲第11号証においては被服やキャップを片仮名「ステューシー」で紹介している部分もある。

しかしながら、甲7号証の雑誌は、サーフボードに興味を持つ限られた若者を対象にした雑誌であり、甲第10号証及び甲第11号証の雑誌は続き月の同じ雑誌「Fine」であって、その講読者が大きく異なることはない。

そうすると、甲号証においては、被服についてサイン風の線図形商標に関する広告が1回、被服やキャップが片仮名「ステューシー」として紹介された記事が2回掲載されているだけであり、「STUSSY」が商標として使用されている記事や広告は一つも存在していない。

他方、甲第8号証におけるインタビュー記事においては、ショーン・ステューシー氏の製造にかかる商品はその80%がサーファーが購入していることが明らかにされてる。氏の製造している商品の総数並びに請求人の輸入販売数については明らかではないし、使用されている商標についても不明であるが、商品の購入者層は極めて限られたものどなっており、しかも商品は日本に多数輸人されていないことも明らかにされている。

〈5〉請求人は、商品を雑誌に広告する際には請求人が日本総輸入販売元である旨の明記を徹底していたと主張しているが、甲第5号証では「JACK SURFBORD INC.」、甲第7号証では「JACK CORPORATION」、甲第12号証では「ステューシージャバン:(株)ジャック」と記載されている。商品との関係で広告に商標が示されているのは甲第7号証のみであるから、請求人の上記主張も商品商標との関係においてはわずか1件であり、請求人の言う表示が徹底されていたことにはならない。

〈6〉請求人は、「かばん、袋物、装身具」は「衣類」とコーディネートされることが少なくないから、購買層及び販売店を同一とすることが多く、衣類と本件商標の指定商品は密接な関係を有しているから、その出所について混同が生ずるおそれがあると主張する。

「かばん、袋物、装身具」と「衣類」とのコーディネートは、いわゆるブランドもののスーツやおしゃれ着のジャンルにおいて行われる場合もあるが、若者の遊び着の世界においてはこのようなコーディネートが行われることはまれである。このことは請求人の提出に係る甲第7号証、甲第10号証及び甲第11号証からも明らかであって、商標のコーディネートを行っているサーファーや若者は紹介されていない。甲第8号証のインタビュー記事においても示されているように、サーファーや若者は、どちらかと言えば着やすくデザイン的にもカッコイイか否かを基準として商品を購入し着用しているのが現状である。

したがって、「かばん、袋物、装身具」と「衣類」とがコーディネートされることを前提に混同が生ずるとする請求人の主張は、根拠のないものである。

〈7〉以上の点を総合すると、請求人は、商標を「サイン風の線図形」、活字体「STUSSY」及び「STUSSY」並びに片仮名「ステューシー」のいずれであるのかを特定することなく、商標としての使用態様も明らかにしないままに、漠然と商標が周知著名であると主張しているだけであって、請求人が周知著名であると主張する商標は特定されていないし、周知著名性がだれの商標として獲得しているのかについても明確ではない。しかも各甲号証からは被服やキャップに関する広告によって本件商標の登録出願前において商標が周知著名であったとは到底認定できないし、本件商標の指定商品との間で混同が生ずるおそれがあるとすることもできない。

したがって、本件商標に商標法第4条第1項第15号を適用してこれを拒絶することもできない。

5.よって判断するに、まず本件商標と引用A商標とを比較すると、本件商標と引用A商標とは、それぞれ別紙(1)及び(2)に表示したとおりの構成よりなるものであるから、外観においては互いに紛れるおそれがないこと明らかである。

また、本件商標は、別紙(1)に表示したとおりの構成よりなるところ、その構成中の第3文字目の「U」の文字よりすれば、これは独語に基づくものといえるところから、本件商標は独語風に「ステューシー」と称呼される場合があるとしても、これが特定の意味合いを有する語とは認められず、かつ、独語が我が国において広く親しまれている語ともいえないものであるから、これに接する取引者、需要者は、我が国において最も普及し、親しまれている英語風の読みといえる「スタッシー」の称呼を持って取引に資する場合が決して少なくないものというのが相当であり、したがって、本件商標は、特定の観念を生ずることのない一種の造語といえるものであって、「スチューシー」若しくは「スタッシー」の称呼を生ずるものといわなければならない。

他方、引用A商標は、その構成別紙(2)に表示したとおりであるところ、これが例えサインだとしても、この程度に変形して書されたものは、最早いかなる文字よりなるものか容易に認識し難く、一種の図形というのが相当であり、したがって、引用A商標は、特定の称呼及び観念を生ずることのない図形よりなるものといわなければならない。

そして、「ショーン・ステューシー」が米国人デザイナーであり、同人が我が国において需要者間に広く知られていること、また、引用A商標が該者「STUSSY」のサインであり、我が国において需要者間に広く知られていること、さらに、引用A商標が商品「ティーシャツ、トレーナー、帽子及び鞄類」に使用され、本件商標の登録出願時前既に日本国内における取引者、需要者間に広く認識されていたものとは、請求人の提出に係る甲各号証によっては認定し得ないものである。

そうとすれば、本件商標と引用A商標とは、外観、称呼及び観念のいずれの点においても互いに紛れるおそれのない非類似の商標であり、さらに、被請求人が本件商標を指定商品のいずれに使用しても商品の出所について混同を生ずるおそれもないものといわなければならない。

つぎに、本件商標と引用B商標を比較すると、本件商標は、前記したとおり「ステューシー」若しくは「スタッシー」の称呼が生ずるのに対し、引用B商標は、「STACY」の文字よりなるところ、これは特定の意味合いを有しない一種の造語と認められるものであるから、我が国において最も普及し、親しまれている英語風の読みをもって取引に資される場合が決して少なくないものといえるものであり、したがって、その構成文字に相応して「ステイシー」若しくは「スタシー」の称呼を生ずるものというのが相当である。

そこで、本件商標より生ずる「スタッシー」の称呼と、引用B商標より生ずる「スタシー」の称呼とを比較すると、両称呼は、語頭の「ス」の音と語尾の「シー」を共通にし、わずかに中間の音である「タッ」と「タ」の促音「ッ」の有無に差異を有するにすぎないものであるから、これをそれぞれ一連に称呼するときは語調語感が互いに相紛らわしく称呼上類似の商標というのが相当である。

してみれば、本件商標と引用B商標とは、外観及び観念上の相違点を考慮しても、称呼上類似の商標といわなければならず、その指定商品も同一又は類似の商品であること明らかである。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものであるから、同法第46条の規定に基づき、その登録を無効とすべきである。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年4月3日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙

〈省略〉

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